【訃報】映画監督・菅原浩志(すがわら・ひろし)さんが膵臓がんのため死去

映画監督・脚本家・プロデューサーとして数々の名作を世に送り出した菅原浩志(すがわら・ひろし)さんが、2025年11月12日(水)、膵臓がんのため死去したことが明らかになりました。

享年70歳でした。

菅原さんが代表を務める「有限会社シネボイス」が公表しました。
『ぼくらの七日間戦争』で鮮烈なデビューを果たし、晩年は北海道を舞台にした『カムイのうた』でアイヌ文化の伝承に尽力した菅原監督。その功績と生涯を振り返ります。

本記事の内容

  • 菅原浩志監督 死去の報道詳細・死因について
  • UCLA出身の国際派:菅原浩志さんの経歴とプロフィール
  • 『ぼくらの七日間戦争』から『カムイのうた』まで|主な代表作
  • 通夜・告別式について

菅原浩志監督 死去の報道詳細・死因について

所属事務所である有限会社シネボイスの発表によると、菅原監督は2025年11月12日(水)、膵臓がんのため亡くなりました。

70歳という年齢での早すぎる旅立ちに、映画界のみならず多くのファンから悲しみの声が広がっています。

同社は、

「末筆ながら、生前に賜りました皆様からのご厚情に深く感謝申し上げるとともに、ここに故人への追悼の意を表させていただきます」

とコメントを発表しています。

UCLA出身の国際派:菅原浩志さんの経歴とプロフィール

菅原浩志監督は、日本の映画界において独自の立ち位置を確立した監督の一人でした。

生年・出身地1955年生まれ(北海道出身)
学歴米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)芸術学部映画テレビ学科
デビュー作『ぼくらの七日間戦争』(1988年)
主な受賞歴ブルーリボン賞作品賞、熊本映画祭監督賞 他

北海道で生まれた菅原さんは、映画の本場であるアメリカ・UCLAで映画製作と演出を学びました。
帰国後、その手腕を発揮し、エンターテインメント性と社会性を兼ね備えた作品を次々と発表しました。

『ぼくらの七日間戦争』から『カムイのうた』まで|主な代表作

菅原監督の作品は、世代を超えて愛される青春映画から、地域や文化に根ざした社会派作品まで多岐にわたります。

伝説のデビュー作『ぼくらの七日間戦争』(1988年)

宮沢りえさんの初主演映画としても知られる本作で監督デビュー。
管理教育への反発を描いたこの作品は、当時の若者たちから熱狂的な支持を受け、社会現象となりました。「日本映画100本」にも選出されるなど、今なお色褪せない青春映画の金字塔です。

地域と文化を見つめ続けた後期作品

その後も、映画を通じて教育・地域活性化・文化振興に大きく貢献する作品を手掛けました。

  • 『ほたるの星』(2004年)
  • 『早咲きの花』(2006年)
  • 『写真甲子園 0.5秒の夏』(2018年)

遺作となった『カムイのうた』(2023年)

菅原監督の遺作となったのは、2023年に公開された『カムイのうた』です。

アイヌ文化への深い敬意を込め、未来へ文化を継承するという菅原監督の強い思いが結実した作品でした。北海道出身の監督として、最後にこのテーマを描き切ったことは、日本映画界にとっても大きな遺産となりました。

通夜・告別式について

葬儀については、故人の強い遺志により、すでに近親者のみにて執り行われたとのことです。

静かに見送られた菅原監督。
その作品群は、これからもフィルムの中で生き続け、私たちに勇気と感動を与え続けてくれることでしょう。

心よりご冥福をお祈りいたします。

この記事を書いた人: NEWS FOREST 編集部

独立系メディアとして、自然・社会・人の調和をテーマに取材・発信を行っています。

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