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【訃報】俳優・中島ゆたかさん死去(73) 死因は大腸がん|闘病3年、最後の公の場で見せた役者魂
昭和のアクション映画やドラマで強烈な印象を残し、『トラック野郎』シリーズのヒロインとしても親しまれた俳優の中島ゆたかさんが、11月27日に死去したことが明らかになりました。73歳でした。
東映の発表によると、死因は大腸がん。3年にわたる闘病生活を送りながらも、最期まで俳優としての情熱を燃やし続けました。
本記事では、中島ゆたかさんの経歴、闘病の経緯、そして多くのファンを魅了した最後の公の場での姿についてまとめます。
中島ゆたかさん 死去の経緯と死因
中島ゆたかさんは、2024年11月27日 午後11時15分、神奈川県の自宅で息を引き取りました。
- 死因: 大腸がん
- 闘病期間: 約3年前から
- 葬儀: 近親者のみの家族葬として執り行われました(喪主は長女の上野南実氏)。
関係者によると、中島さんは3年前に大腸がんを患い、手術を受けていました。その後も闘病を続けながら、俳優としての仕事を全うする姿勢を貫いていました。
最後の公の場は今年7月「トラック野郎」50周年イベント
中島さんの役者としての凄みを感じさせるのが、亡くなるわずか4ヶ月前のエピソードです。
2024年7月6日、東京・池袋の新文芸坐で開催されたイベント**『公開50周年記念 トラック野郎・銀幕を駆ける一番星』**に出演。これが最後の公の仕事となりました。
この日、中島さんは『トラック野郎 御意見無用』(1975年)の上映に合わせて舞台挨拶に登壇。さらに、同作の音楽を担当した宇崎竜童さんと共に主題歌を披露するというサプライズもありました。
当時すでに闘病中であったにもかかわらず、ファンの前で元気な姿を見せ、50周年という節目を祝ったその姿は、多くの映画ファンの胸に刻まれています。
ミス・パシフィックから銀幕のスターへ|中島ゆたかさんの軌跡
中島ゆたかさんのキャリアは、その美貌と存在感から始まりました。
- 1952年: 茨城県水戸市生まれ。
- 1971年: 「ミス・パシフィック日本代表」に選出され、世界大会で第2位に輝く。
- 1973年: 映画『夜の歌謡シリーズ 女のみち』でデビュー。
- 新人賞受賞: 1973年に日本映画プロデューサー協会新人賞、1974年にエランドール賞新人賞を受賞し、一躍注目を集めました。
アクション映画に欠かせない「華」として
中島さんは、千葉真一さんや松田優作さんといった伝説的なアクションスターとの共演も多く、ハードボイルドな作品に華を添えるヒロインとして重宝されました。
特に『激突!殺人拳』などの千葉真一主演シリーズや、松田優作主演の『殺人遊戯』『蘇える金狼』などは、現在でもカルト的な人気を誇ります。
近年では、特撮ファンからも注目を集める映画『スーパー戦闘 純烈ジャー』シリーズ(2021年、2022年)にも出演し、往年のファンだけでなく新しい世代にもその存在感を示していました。
主な出演作品一覧
昭和から令和まで、数々の名作に出演された中島ゆたかさんの代表作を振り返ります。
【映画】
- 『激突!殺人拳』(1974年)
- 『直撃!地獄拳』(1974年)
- 『ルバング島の奇跡 陸軍中野学校』(1974年)
- 『少林寺拳法』(1975年)
- 『トラック野郎 御意見無用』(1975年)
- 『皇帝のいない八月』(1978年)
- 『殺人遊戯』(1978年)
- 『蘇える金狼』(1979年)
- 『影の軍団 服部半蔵』(1979年)
- 『薔薇の標的』(1980年)
- 『極道の妻たちII』(1987年)
- 『富江 re-birth』(2001年)
- 『スーパー戦闘 純烈ジャー』(2021年)
- 『スーパー戦闘 純烈ジャー 追い焚き☆御免』(2022年)
まとめ
大腸がんとの闘病の末、73歳で旅立たれた中島ゆたかさん。
7月のイベントでファンの前に立たれたのが最後となりましたが、そのプロフェッショナルな姿勢は、出演された数々の作品とともに永遠に語り継がれていくことでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
■中島ゆたか プロフィール
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 中島 ゆたか(なかじま ゆたか) |
| 生年月日 | 1952年10月5日(享年73歳) |
| 出身地 | 茨城県水戸市 |
| デビュー | 1973年『夜の歌謡シリーズ 女のみち』 |
| 受賞歴 | エランドール賞新人賞(1974年)ほか |










