
【訃報】猪木寛治さんが死去 タバスコを日本に広めた第一人者 海外メディアも報道
1日に死去したアントニオ猪木さんはタバスコを日本に広めたことでも知られる。
中学時代に一家でブラジルに移住した猪木さん。力道山さんに見いだされ、17歳で日本でプロレスデビューした後、事業家として貿易会社「アントン・トレーディング」を経営。タバスコ製造と販売契約を結んだことで日本での知名度が急上昇。大々的に宣伝したことで日本の食卓にも上がり、今やピザやパスタに欠かせない調味料となった。
過去に各地に出店していた「アントニオ猪木酒場」でもタバスコを大量に投入したブラッディーマリー「流血場外乱闘」が人気だった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ba35336539e727c3ab00bd2ba0b570bfa540dfc
アントニオ猪木酒場は全店閉店

アントニオ猪木さんがプロデュースした居酒屋「アントニオ猪木酒場」新宿店が7月31日、閉店した。 同店は新型コロナウイルスの影響で、4月から一時臨時休業。 6月から営業を再開していた。 2006年に池袋店がオープンして以来、仙台、沖縄などにも店舗があったが、すべて閉店し、新宿店のみ残っていた。
元プロレスラーで参議院議員も務めたアントニオ猪木さん(享年79、本名・猪木寛至)が1日に都内の自宅で死去した。日本マット界も悲しみに包まれている中、海外メディアもスーパースターの訃報を伝えた。 専門メディア「WRESTLINGHEADLINES」は「1976年にボクシングのモハメド・アリとの戦いで、その名を広めた。この試合は現代の総合格闘技の前身となった。2010年にWWE殿堂入りを果たした」と報じ「尊敬される政治家だった。彼は湾岸戦争でサダム・フセインから日本人人質の解放交渉に成功した」との功績を指摘した。 また米メディア「Wrestling News」は「猪木の遺産は広範囲に及ぶ。前田日明、初代タイガーマスク、武藤敬司、長州力、中邑真輔、ロッキー・ロメロら主要なレスラーを指導した」と報道。イタリアメディア「Shield Of Wrestling」は「国際的なレスリングに多大な影響を与えた」とし、ブラジルメディア「グローボ」は「猪木はブラジルに移住し、17歳で日本に戻り、国際的なスラーになった。バリトゥードやMMAの先駆者だった」と伝えた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ba35336539e727c3ab00bd2ba0b570bfa540dfc
アントニオ猪木は、日本のプロレスラー、実業家、政治家。 神奈川県横浜市鶴見区出身。血液型AB型。新日本プロレス設立後のキャッチフレーズは「燃える闘魂」。日本プロレス所属時代のキャッチフレーズは「若獅子」。愛称は「アントン」。複数の結婚歴と離婚歴があり、二番目の妻は女優の倍賞美津子である。倍賞との間に娘が一人いる。 ウィキペディア





